Mind Science

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「心」は、知的な面だけではなく「感情」とも密接にむすびついています。「感情」には、好悪(こうお)(好き嫌い、快・不快)の価値判断が伴い、その価値判断によって、回避や接近といった行動が生まれます。
感情は、見たり聴いたり触ったりといった五感の感覚の情報を受け入れて価値の判断を行い、環境に適応した行動を選択できるようにするためにあります。つまり、感情は生きていくための行動を導く、という役割を持っているのです。そして、五感は感情のもとになる情報を生み出します。例えば、「匂いを嗅ぐ」という視覚の働きには、匂いに伴う感情を導き出す作用が認められます。
感情は、「感じる」という情報処理を基礎にして生まれるのです。ここには好き嫌いといった価値の判断が扁桃体の働きにより加わるのです。「感じる」ということには、感覚的に感じるという場合から、「幸せを感じる」、「怒りを感じる」など、喜怒哀楽の心的状態を表すものまで、いくつかの段階があります。
感情と情動とはお互いに似た意味で使われることが多く、両者を区別するのは難しいものです。心理学的に使われる場合や、脳神経科学的な用語としてつかわれる場合など微妙な違いも出てきます。
いまここでは、便宜的に「情動」は一過性の心の状態、そして「感情」は比較的持続的な心の状態として考えてみましょう。最初に一過性のつよい「情動」的反応が生まれ、それが持続的になってくると安定した「感情」が形成されます。したがって、「幸せを感じる」という心の状態は「感情」ということと理解してください。
情動についての説明をもう少し続けます。(情動:比較的短期間の強い感情を指し、内的な経験だけでなくその表情や行動としての表出や、体内の生理的活動も含めたニュアンスで使われる)  
身体の生理的状態と心の状態(感情、気分、態度)との間には、誰もが知っている通り密接な関係があります。たとえば悲しいときには、涙があふれ、全身が緊張してしゃくりあげ、脈拍も呼吸数も速まります。うれしくて有頂天のときにも、また激しい怒りを覚えているときにも、同じように様々な身体的変化が伴います。喜び・怒り・悲しみなどが示されるべき状況に応じて、顔の表情がまず反射的に変化しますが、顔や表情を認知する神経機構が、脳内で情動に関係する領野のすぐ近くにあることが関係しているようです。
神経解剖学的にも、すべての感覚情報の経路は扁桃体と連絡路を形成していることが明らかにされています。扁桃体は、顔の表情認知にも重要な役割を果たしているのです。様々な事情で幼児期から親の顔色をうかがいながら育つと、条件反射として周囲の人の顔色を無意識に見てしまうものです。そうした表情認知が学校や職場において、不機嫌な表情をしている人に気づくと落ち着かなくなって、自分のせいで機嫌を悪くしているのではないかとその人が気になってしまうような情動を生み出すのです。話しかけてみて、自分に対して不機嫌な感情を持っていないと分かると安心して過ごせるようになるのです。または、相手の不満そうな顔つきに反応して、相手の役に立つように無理してでも頑張ってしまう人もいます。そうしないと、自分が落ち着かずに苦しいのです。こういった精神状態をトラウマによって作り出される情動と理解してください。
一般的には、私たちが愛や嫌悪を、恐れや怒りや楽しみを感じるこれらの精神状態を一括して捉え一様に「情動」と呼んでいます。情動を心理的状態としてとらえてきた従来の研究とは対極に、現在は情動の脳内メカニズムが考慮され、脳の機能として情動が研究されています。

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一度情動がおきると、それはその後の行動を強力に動機づけます。情動は、人生における行動計画や長期的な目標達成に向けて邁進する原動力になる不可欠なものです。
また、一瞬一瞬に変わる行動経過を方向づけてもいます。このように生きることに必要な動機を支えるエネルギーになっています。
しかし、情動はまた心のトラブルを生みだす種でもあるのです。
わたしたちの心の状態が、何らかのきっかけで異常な状態に置かれると、心の対処不全を起こします。
それは、恐怖が不安になり、欲望が貪欲に変化したとき、いら立ちが怒りになり、怒りが嫌悪に、友情が嫉妬に、愛が独占欲に、快楽が中毒になったとき、情動は心の病の原因になっていきます。心の健康は情動の衛生管理によって保たれますが、心の問題はかなりの程度までは情動の秩序が壊されたことの表れです。情動は病理的な結果を招くこともあるのです。
フロイトはずっと以前に、無意識は情動の生息地であり、通常の思考プロセスとはしばしば別扱いされていると述べています。情動は緩慢にも急激にも変化するし、原因がはっきりしていることも、そうでないこともあります。自分の気分が、いまなぜ不機嫌になるのか、いつも承知しているわけではありません。自分ではその理由がはっきりしなくても、気分が良くなったり、悪くなったりします。このような脳の情動系(大脳辺縁系)における無自覚的な心の働きについて、無意識の心の働きとしてフロイトも表現しています。

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母親が自分の子供に対して虐待的行為を行ったとします。このような情動を誘発させる本当の原因は、今現在の子供との関係における刺激の中にだけあるとは限らないのです。
これらの刺激と記憶として保存されている因果的な履歴(自己=母親のトラウマ)との関係に依存します。
子供を怒鳴る母親は、自分の激情を合理化・正当化するために子供の行為や態度を責めますが、しかしその激情の背景には夫婦間の不満や行き違いの問題が絡んでいる場合や、母親の子供時代も親から同じような育て方をされていたことに起因(世代間連鎖)している場合などが十分に考えられます。そして、この母親はこうした起因が意識化されず、気付くことなく子供のみを責めていることがよくあります。
このように母親が教育として叱っているつもりであっても、本当の理由は自分が思っている激情(情動の)理由とはまったく異なっていることが多いものです。“情動は謎である”と感じることからもわかるように、どうしてこんな感情に襲われ自分の気持ちを制御できないのかわからないで振り回されて私たちは生きているのです。
トラウマ的情動は、一つの目標にすべてが向けられた嵐(storm,birninngとも表現されます)のような活動を引き起こします。そうして、自我全体が情動に吸収されてしまうのです。自分ではどうにも制御できない激しい感情と生理的反応が伴い気持ちを治めることができません。理性では、「これではいけない」とわかっていてもどうにもならないのです。
心の病を考えることにおいて、情動という世界を無視する訳にはいきません。この情動は、意識されることなく、無意識の中で私たちの行動や感情に働きかけ、意識上でのあらゆる習慣や決断などの思考によって形成されたものを壊していくのです。
情動のプロセスは、意識が覚醒していなくてもよいのです。私たちの中で起こる情動は影響を受けていることに気付いていない(意識化されていない無自覚の)時ほどより影響を受けやすいものなのです。